本当に在った本当の話 


この間、亡くなった祖母の初盆ということで、お参りをしてくることになった。
私は、基本的に人付き合いの嫌いな人なので、親戚付き合いなんて尚更大嫌いなのだが、一応立場ってものがあったので、やむなく、行ってきた。私は、この、母方の祖母とはあまり話したりもしなかった。まだ存命の祖父に対しても、それは同じだった。
4人で行ったのだが、そのうち2人が別のところへ挨拶をしに行くことになって、私と姉はその他人の家でしばらく待っていなければならなくなった。正直私は、「話すこともないし、居辛いなあ」という気持ちだった。

祖父はおもむろに、自室へと私達を案内した。そこで、亡くなった妻の写真を見せ、おもむろに彼女のことを、そして彼自身のこれまでの半生を、話し始めた。その話は、結果的に2時間近くにも及んだ。
私も最初は、時計が気になった。だが、次第に、そうではなくなった。私は、祖父の話が、面白くて堪らなかったのだ。

祖父と祖母は、何処にでも在る農家で生まれ育ち、特段の才覚が在るわけでもない。それは、傍から見ると、何処にでも在るような人生なのだろう。
だが、「事実」として話されたその物語は、私が最近読んできた物語よりも、遥かに瑞々しく、優しさに満ちていて、そしてスリリングでもあった。

私が『こなたよりかなたまで』という作品を高く評価しているが、祖母の最後は、ほとんど、「それ」だった。
そして、祖父は、もう、80歳を越えている。そんな彼が、かつてはあちこちへ旅をしていた人間が、それがもう叶わないことを悟る瞬間。一つずつ、「できること」が減っていく感覚。これもまた、あの作品が、冒頭で描いたものだった。
「あれ」は、もしかしたら、珍しくもなんともない話なのだろう。

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