なぜ自作自演は忌み嫌われるのか 

(参考:『ミクシィ読み逃げ』自作自演問題)

匿名性を持つネットでは、一人が二役以上を担う「自作自演」は極めて容易だ。

しかし、同時に一つ確実に言えることは、ネットである限り、自作自演かどうかなんて、誰にも判らないのだ。
上記の件のようにその自作自演の過程に手落ちがあってそれが判明するケースが例外。今回のような「下手糞」な自作自演でない限りは、そうと判明することすらなく、今もなおネット上に溢れているということだ。

これは、一人一票の担保を厳格に確保しない以上は、どうしようもないこと。避ける方策は、投稿者の個体認識を第三者の目からも確実なものにするしかない。
だが、それは、ネットから匿名性という「言論の自由」を失わせることになる。(もちろん、その自由は無制限ではないことは承知しているが)

さて、問題は、このようにネットでは避け得ない問題であると考えられる「自作自演」が、なぜこのように忌み嫌われるのかということだ。
今回の件にせよ、そのQAが自作自演だったところで、そもそもこれがなぜ問題になるのだろうか

答えは簡単。

読んだ人が、「一人の意見」と、「一人に加え、それに賛同する者がいる意見」を同価値に見ていないからだ。

おそらく、自作自演を嫌う人の心中には、「そう思っている人は沢山いると思っていたのに、実は一人だけだった」ことに対し、何か裏切られたような感情があるのだろう。
つまり、その人がその意見を読んだ際に、「多数意見だから、それはそういうことなんだろう」という納得が、意識的にか無意識的かは知らないが、在るのではないか。

でも、これって、変な話ではなかろうか。

例えば今回のmixi読み逃げ問題について、それを是とする人、否とする人、それぞれの立場が在って当たり前だ。集計結果の前に、個人でどう判断するかの一意見がまず在るはずで、それが結果的に他の人の意見と比べてどうなのか、そういうことではないのだろうか。
あるいは、別に今回の件が自作自演であろうとも、その意見を聞いて「なるほど」と思い、それに賛同するということ自体は何も誤りじゃない

これは国政選挙のような厳密な意見集約ではない。また、投票場所への来訪者も限られた環境であり、投票結果自体にある程度の偏りが生じるのは当たり前。
結果として、数が多いからその読み逃げは是/否とするという答えがでるわけじゃない。

国政選挙は、「何らかの答えを出さなければならない」場だ。郵政民営化という争点に対し、「賛成・反対どちらにも一理ある」では話にならない。答えを出さなきゃならない。
だから、そこで一人二票以上は許されるはずがないが、その場合は今回のようなネット上での意見集約とは比べものにならない、もっともっと厳密な手続きが必要なはずだ。

逆に言うと、今回のようなケースでは「答えを出す」必要そのものが無く、多数決に意味が無い。(それはmixi運営側が決めることに過ぎない。)
今回のようなケースでは、それぞれが意見を出し合ってそれぞれの参考にさえすればよいのだ。他人の意見を踏まえて、それで自分の意見を出せる人ならば、自作自演の影響なんて受けない

別に、私は自作自演なんてしようと思わないし、そもそもまったくの匿名で文章を書こうと思わない。自作自演自体を擁護したり推奨する意図はない。だけど、前提として、自作自演の回避手段なんて、各々のモラルに訴える以外の手段は無いのだ。
もっと言えば、ネットに限らず先のタウンミーティングの問題のように何処にでも起こり得る話であって、根絶は困難なのだから、それを踏まえて読むべきではなかろうか。

この意味が判る人 

『秒速5センチメートル』(監督:新開誠)

この作品の話を徹底的にしたい時はまずそれぞれの過去を晒す必要がありそうだ。だから考察のようなものは書けなくて、私的で読みにくい感想になる。

 (「独り言以外の何か」より)

元々、4月に私の街で上映が始まったら見に行くつもりだったが、これを読んで確定。
こういう作品は、「当たりか外れ」になると思うんだけど、凡百な作品よりもずっと期待できる。

なんだかんだ言って私は新開誠の作品を、最新作(?)『ef』以外は全部見ているしなあ。
まあ、つまりは、そういうことだ(笑)。

オーストラリアGP決勝 

ライコネンはこういうレースをさせたら速い。完勝。
しかし、それでも2ポイントしか差を付けられていないところがアロンソの強さか。

アロンソは1回目のピットストップでハミルトンに先行され、ライコネンとの差を見るや、作戦を切り替えた。プッシュせずに燃費調整を行い、差を維持することに努めた。その結果、2回目のストップはハミルトンよりも2ラップ後。そこでアロンソは悠々とハミルトンの前に出た。
大人のレースだ。また、最終スティントの速さはフィジカルも含めた彼の強さの証。

今後は二人の争いにマッサが絡む。ライコネンが今回のレースを毎回続けられるのか。その一方で、アロンソは、おそらく、このレースを何度も続けることが出来るだろう。
今回の結果を見て尚更、今期の本命はアロンソと読む。

的を外れた話 

F1ほどコスモポリタンなスポーツも無い。

ハミルトンを「黒人初のF1ドライバー」と言うのはいかがなものか。
そもそもイエローはずっと前から走っているわけだし、カーティケヤンとか無茶苦茶色黒だったぞ?

F1ドライバーになるために必要なのは、そんなものよりも財力だ。肌の色なんて曖昧なものじゃない。ロズベルグなどを見ても判るようにF1には2世ドライバーが多い。親がカート場の管理人をしていたシューマッハの例がむしろ特殊だ。

なんと逆説的な 

皮肉にもスーパーアグリの「カスタマーカー」疑惑はとりあえず払拭されたということになるんじゃないだろうか?

まさか今時のF1で、昨年のマシンの改良版でメーカーワークスの純正新車よりも遥かに速いものを作れるとは思えないから。
ドライバーの腕も加味すれば、あの2台は相当に差があるよね。

トヨタの場合は、ウイリアムズに同一スペックを供給しない可能性がある。そうしてワークスの方が速いということを示せば、トヨタにとって特だから。トヨタというのはまた、そういうことをやりかねないチームだ。
しかし、スーパーアグリは違う。日本国内向けを考えると、ホンダはスーパーアグリを蔑ろに出来ない。今の状況は世界市場を考えればトンデモない失態であり、むしろスーパーアグリのシャーシをホンダワークスにカスタマイズしてもよいくらいだと思うが、それでスーパーアグリが遅くなっても困るのだ。

オーストラリアGPフリー走行 

開幕戦!

やはりフェラーリが速い。
1回目のフリー走行で、少ない周回数で速いタイムが出るあたり、素性の相当に良いクルマなんだと思う。
そしてやはり、マッサがライコネンよりも速い。

一方、マクラーレンが周回を重ねてきたのは驚いた。
というのも、ここはいつも信頼性に問題を抱えるチームで、可能な限り走りたくない立場だったからだ。ハミルトンは判る。でも、アロンソまでが1回目に走りこんだ。そして、2回目のフリー走行はロングランに終始しタイムを落とす。これは、これまでフェラーリが取ってきたスタイルなのではないか。
もしかして、今年のマクラーレンはスタイルが変わるのかもしれない。そしておそらくは、今のアロンソにはそういうスタイルの方が合うかも。

BMWは評判どおりで、それにウイリアムズが続く。ここも素性の良いマシンに仕上がったようだ。

それにしても、日本の2メーカーはなあ……。
ウイリアムズに上回れたトヨタはさておき、スーパーアグリに上回れたホンダは笑えないよなあ……。というか、スーパーアグリは異様に速い。

自覚が無いこととはかくも恐るべきものかな 

以下、自慢話とかではないつもり。
(入社試験まではともかく、就職した今となっては学歴なんて関係ないだろう)



私は小学校の頃、自分は勉強が出来る方だと自覚はしていたが、相対順位とかはさっぱり判ってなかった。だから、卒業式を前にして、中学校の入学式で代表挨拶をしてくれと頼まれて驚いた記憶がある。
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今年の秋頃にこれを読んでどう思うか 

シューマッハの居なくなった今年のF1でチャンピオンとなるのは誰か。

……今シーズンくらい、「チャンピオンになるべき人」が居ないシーズンも珍しいのではないか。



アロンソがチャンピオンに相応しくないという意味ではない。
むしろ逆で、アロンソは今のドライバーの中で明らかなNo.1だと思っている。速さはもちろんのこと、安定性、特にレーシングディスタンスを走り切る術にかけては、シューマッハが居なくなった今では敵う者は誰もいないだろう。

だからこそ、簡単に三連覇を果たされては不満。

それでは、面白くない。
私は、今シーズンのマクラーレンの車が速さなり信頼性に苦しみ、アロンソがチャンピオンを失うレベルの出来を期待している。
そうでないと、「アロンソの底力」が見えない。かつてシューマッハがフェラーリで見せた「凄み」を、また見たいのだ。

だがおそらく、少なくとも速さの面ではマクラーレンは遜色ない出来に仕上がるだろう。となると、やっぱり今シーズンの本命はアロンソかと思っている。



フェラーリの二人はどうか。

ライコネンは、「ここぞ」という時に神がかり的な力を発揮するタイプのドライバーではない。むしろシーズンを平均的に走り、トータルポイントでそこそこの地位に居るというドライバー。
速くて信頼性のあるマシンを与えれば圧勝するかもしれないが、おそらくそのシーズンは盛り上がりに欠けるものになるのではないか。そんなわけで、シューマッハの後釜としてはあまり期待していない。

むしろマッサの方がチャンピオンに近いのではないか。昨年終盤は本当に速かったし、ライコネンに比べれば、ファイターの気質がある。
ただ、昨年のブラジルGPでの走りは、正直不満なのだ。あのレースで完勝し、大喜びしているようではまだまだチャンピオンには遠い。もっと、「本当の意味での勝利」に貪欲になれるか。同い年のアロンソとの差はそこに在る。

おそらく、今年のフェラーリは速い。少なくとも今年は、まだ遺産を活用できるはず。



だが、これ以外のチームのチャンピオンは、正直あり得ないだろう。
ホンダは今一つ垢抜けないし、BMWにそれを望むのも酷。

どうも今シーズンは、どんな結果になろうとも、何か納得いかずに終わるような気がする…。

こんなこと言ってる時点で 

今日は東京出張。

いつも思うのだが、飛行機の窓から見る光景、そして羽田から都心へ向かう光景はスゴイ。
『メデューサ』(かわぐちかいじ)の中でハッサンが呟く「本当に黄金の国だ」。同じ日本に住む私ですら思うのだから、彼にとっては尚更だろう。

ただ、あの光景を生まれたときからの原風景として持つ人も居るのだ。そりゃあ、考え方が違って当たり前だ。



それにしても、東京に来ると、それだけでサラリーマンとしての自身とか吹き飛ぶなあ(笑)。

ほとんど全て内容は覚えている 

FFTがPSPに移植だとか。このためだけにPSPを買うことになりそうだなあ…。

私はこのゲームを数百時間プレイしているので今さらどーこう要望は無いのだが、オリジナルの雰囲気を壊すことなく作っているようで安心。バルフレアだけは要らないような気もするが、そもそもクラウドも出てくるゲームだった。使えないんだけどね(笑)。



登場人物紹介の5人目がアグリアスなのは狙ってるな(笑)。普通ならアルマだろ…。もっとも彼女も、ある魔としてのイメージが(笑)。

アグリアスはこの物語の大筋で特段重要な役割を果たすキャラクターではない。役割はむしろ中盤の中途参加ユニットとしてのもの。
ただし、加入するタイミングからオルランドゥのようにドーピング(固有ジョブの成長力の高さを利用して能力強化を行うこと)することができず、ステータス的には普通。となると聖剣技の威力はオルランドゥほどじゃない。さらにはJP集めのためにジョブチェンジすると聖剣技を外さなくちゃならないし。むしろ、ディープダンジョンでカオスブレイド&セッティエムソンを手に入れて、ようやくオルランドゥとタメを張れる。

そんなアグリアスがこの作品で愛されているのは、まさにこの一言によるものなのだろう。

「今さら疑うものか!私はおまえを信じる!」
            (CHAPTER2 ゴルゴラルダ処刑場にて)



イヴァリース王位をめぐる、ラーグ公とゴルターナ公を中心とした権力争い。そして変貌を遂げていた旧友ディリータ。そしてガフガリオンはラムザに「現実」を突きつける。
一体何が信じられるのか。何を信じるべきなのか。ラムザが最も苦しんでいた時に、この一言がどれだけ彼の助けになったのだろうか?

リアルタイムでは判らないこと 

帰りのタクシーで、高校生の教科未履修問題の影響で卒業式が3月20日前後までずれ込む高校があるとかいうニュースを聞いた。

なんて羨ましい。

高校の卒業式というのは、ドラマやマンガで何度も描かれている感動的なシーンだが、私自身の卒業式に対する印象は薄い。というのも、私の時の卒業式は3月1日だったのだが、これって国公立入試の前期試験後かつ合格発表前にして後期試験前。誰しも、卒業に感動する前に不安が頭の片隅から離れない。
そんなんだから、実際には泣いて別れるほど気持ちが集中しなかった。というか、別れるのかまた同じ学校へ通えるのかも、実はその時点では判らないのだ。

未履修のあった学校の卒業式は3月20日頃までずれ込むことあるらしい。
だけど、そこまでいけば、浪人も含めて進路は既に決まっている。そりゃあ、浪人でヘコんでいる奴もいるかもしれないが、それも含めてクラスメイトのその後の行方も判る。卒業式が終わったらハメを外しても残ったやるべきことはないし、良いことの方が多いはず。

高校の卒業式なんて、当たり前だが一生に一度しかないのだ。
そして、それって、一生に一度あるかないかの感動的なシーンのはずなのだ。大学の卒業式は就職に続くからまた趣きが異なるのだし。
なんだから、もっと、「感動できる状況」で迎えさせてあげるべきではないかなあ、と思う。

YUKI 『Wave』 

私は音楽って抽象的すぎてあまり受け付けない方の人なのだが、最も心底好きだったのがJUDY AND MARYだった。
つうか、ジュディマリ解散後なんて「ミュージシャン」の音楽はロクに聴いてないよ。

そんな私にとってのYUKIのアルバム「Wave」だが、思ったより良かった。ホントのことを言うと…もう盛りを過ぎた?感はあったのだが、予想を遥かに越える勢いで、なんだか染み入った。うん、染み入った。この表現が的確。
繰り返すけど音楽って抽象的なので、何が良かったのか説明は出来ないのだけど(笑)。

基本的に全部イイ。シングル曲『メランコリック』がかえって耳に入ってこないのも、ジュディマリ時代からの特徴だったかも。
特に挙げるなら『ふがいないや』『ドラマチック』かな。つうか、このアルバム、曲調が似通ってるような気もするのだけど。





さて、日記というのはこういうのを書いていけばいいのかね。とりあえず、今までに無かった「必ず毎日書く」という形でやってみようか。

流石に今日は思うところのあった日だったのだけど。まあ、あんなものか。

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