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ファン・ゴッホを人類史上最高の画家だと思う理由 



 前に書いたもののリバイズ版です。



 ここ数年で数多くの絵を観てきた中で、(個人的感想として)フィンセント・ファン・ゴッホが人類史上で最高の画家だという思いは強くなりました。
 その理由は、彼ほどの「人生」を歩んできた画家は居なかったですし、おそらくこれから二度と登場することはないからです。


 ファン・ゴッホは「ポスト印象派」に位置付けられる画家であり、まずは「印象派」の登場から紐解かなくてはならないかと。

 「印象派」の登場は絵画の革命でした。印象派登場以前の絵画は「見るもの」でしたが、その概念を覆してしまいました。

 確かに、印象派登場前夜から予兆はあったのです。その前の時代の画家も、必ずしも「見えるもの」を「ありのまま」に描いていたわけではありません。
 アングルが1814年に描いた『グランド・オダリスク』。よく見ると、女性の身体のバランスは正確でありません。批評家に「脊椎が少し多い」と言われたように、実物よりもかなり胴長に描き、そのことで美しさを強調しているわけです。

グランド・オダリスク
 『グランド・オダリスク』(ドミニク・アングル)
 ルーブル美術館蔵

 ですが、それはあくまでも絵の裏側での話。アングルの絵は筆先の跡がほとんど見て取れない点が特徴であり、それは印象派よりも前の時代の常道です。筆先は現実世界で決して「見えない」ので、それを残すことはタブーとされていました。

 19世紀後半に「印象派」という言葉が生まれたのは、クロード・モネの絵に対する「これは画家の印象に過ぎない」という批判的なコメントがきっかけです。つまり、画家の内面的な「印象」をキャンバスの上に展開することは、それまでの画壇ではナンセンスとされていたのです。しかし、モネ達はむしろこのコメントが自分達の絵のことを的確に捉えた表現だと考え、自分達を「印象派」と名乗ることになります。

印象・日の出
 『印象・日の出』(クロード・モネ)
 モルマッタン美術館蔵

 ちょうどこの頃、写真が実用化されています。「目に見えるものを形にする」という意味でこれ以上のものはなく、絵画の存在価値が大きく変わっていきました。
 「目に見えるもの」から「画家の抱いた印象」を描くことへの絵画の変化は、まさに革命。目に見えるものはどんな人でもほぼ共通しますが、「印象」は千差万別だからです。そして同時に、「絵」そのものだけでなく、「印象」を抱いた主体=画家そのものにスポットが当たっていくことも意味しました。

 そんな「印象派の時代」は、あっという間に終焉を迎えます。しかしそれは衰退でも停滞でもなく、絵画が人の内面に踏み込んでしまった以上、それぞれの持つ無限の方向性に拡散していったからです。
 1870年代に生まれた印象派ですが、1886年の最後の印象派展の頃にはもう次なる「ポスト印象派」と呼ばれる世代が登場しています。その担い手は、最初は印象派を自覚していながら次第に自分なりの感覚を追求していったセザンヌのような第一世代に加え、ファン・ゴッホのような印象派絵画を目の当たりにして影響を受けた画家達でした。

 ファン・ゴッホを「ポスト印象派」と呼ぶのは、個人的にとても合点がいきます。
 印象派が「画家の印象でもって絵を描く」存在であるのに対し、ファン・ゴッホは「その絵から逆算して画家の内面を読ませる」ところまで至った画家であるからです。



 最初に書いた通り、私はファン・ゴッホが人類史上最高の画家だと思っています。それは、「ファン・ゴッホの描いた絵が史上最高だ」という意味ではありません。彼の描いた絵と、彼の歩んできた人生を重ね合わせることで、人の内面という最も深淵なもの(の一端)が垣間見えるからです。

 ファン・ゴッホを語る上でよく指摘されるのが、「彼は常に目の前にあるものを描いた」という点。「想像上のものを描く」ことに関しては全くの不得手でした。
 これは一見すると先述の内容と矛盾しているように見えるかもしれませんが、むしろこの点がファン・ゴッホの絵を他者にも理解しやすいようにしています。「目に見えるもの」を「どう描いた」のかという点が、よくわかるのです。

 ファン・ゴッホが南フランスのアルルで同じくポスト印象派の大家であるゴーギャンと共同生活を志したものの頓挫し、精神を病んで自分の耳を切ったという話は有名かと。ゴッホはそんな自分の姿を自ら絵に描いています。

包帯をした自画像

 『包帯をした自画像』(フィンセント・ファン・ゴッホ)

  コートルード・ギャラリー蔵

 しかし、この絵をよく観てみると妙です。
 背景には日本の浮世絵が描かれています。ファン・ゴッホは浮世絵が好きで、自ら模写をしていた(これが、彼らしいことに一切何も手を加えることなくただそのまま模写している)ことも有名ですが、耳を切ったという異常行動の後の自画像に、そういうものを加えるのでしょうか。そもそも、彼が挫折と苦しみの中に居たのであれば、そんな自分の姿を絵にしようと考えるのでしょうか。

 ・・・そういった点も含め、ゴッホの絵は、観た者が画家の心情に対する想像に繋げることができる絵なのです。描いてある対象自体は物体なので、なぜこういう風に描いたのか、なぜこういう色彩にしたのか、考えるポイントは多くあります。また、彼は弟テオとの間に多くの手紙を残しており、言葉による補足が可能な点も大きいのです。

 ファン・ゴッホの中でも最高傑作と言われることが多い『星月夜』。私がこの世で最も好きな絵です。

星月夜

 『星月夜』(フィンセント・ファン・ゴッホ)

 ニューヨーク近代美術館蔵

 しかし、この絵がファン・ゴッホの絵の中で最も特異であるのも事実かと。「目の前にあるもの」しか描けなかった彼にとって、渦巻く夜空には最大限の「想像」が込められているように思えます。そこに何を見るか。多くの人はファン・ゴッホの不安の象徴と捉えるのですが、私的には、真っ暗なはずの夜空をこうして青と黄色の色彩で描いたこの絵に、あまりそういうネガティブな要素を感じません。むしろ、夜空がこれだけ明るく虚無ではないのだとしたら、それは希望のようなイメージではないでしょうか。

 『カラスのいる麦畑』。この絵も、暗い空の下をカラスが飛び交うものとして、不穏なイメージで捉える人が多いといいます。自殺といわれるファン・ゴッホの死の前に描かれたため、彼の晩年の作品として象徴的に捉えられることも多いです。

カラスのいる麦畑

 『カラスのいる麦畑』(フィンセント・ファン・ゴッホ)

 ゴッホ美術館蔵

 彼は死ぬまでの間に次の絵を描いているのですが、いかにも象徴的なこの絵を「ゴッホ最後の作品」とみなす動きは、早くも20世紀初頭から存在します。
 実は、この絵のタイトルは後から他人が付けたもので、鳥がカラスだとも本人の口から言及されていないのですけどね(田園風景はファン・ゴッホが多く描いたモチーフである)。
 彼の死も、腹を撃たれたゴッホは自分の足で宿へ戻りそこで亡くなったのだといいます。これが果たして本当に「自殺」だったのどうか、俄かには信じがたい面もあるのです。

 でもそれは、逆に言うと、それくらい「ファン・ゴッホが何を思ってその絵を描いていたのか」というのが彼の絵に対する大きなテーマなのであり、その分だけファン・ゴッホという画家の人生は多くの他者に「想像」されているのではないかと。

 多少の誇張が含まれているかもしれないとはいえ、「ポスト印象派」として、絵の裏付けとなるファン・ゴッホの人生はあまりに劇的でした。
 若き日に牧師になろうとして挫折、ゴーギャンとの共同生活とその破綻、自ら耳を切り落とし精神病院に入院していたこと、生きている間に絵が一枚しか売れなかったこと、そして自殺とされるその最期。
 もう二度と、こんな劇的な人生を歩む画家は登場しないでしょう。なぜなら、21世紀の近代国家で画家がここまで悩み苦しむことになるとは考えにくいからです。それゆえ、もうファン・ゴッホを超える画家は二度と登場しないのだと思うのです。

 こうして、画家そのものに注目を浴びせることになった「印象派の時代」は、ファン・ゴッホの絵が注目されるようになった20世紀初頭に完全に終わりを告げました。
 彼を超える「人生」が生み出せない以上、次は抽象絵画やキュビズム、シュールレアリズムといったその追求性ゆえの深淵な(つまり、わかりにくい)作品に移行せざるを得なかったのだと思います。


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